7月12日 3日目。本日も快晴なり。本日はいよいよ5300mのゴンマル・ラを越えて、本来の宿泊地であるニマリングをすっとばして、カンヤツェBCまで行くと告げられる。
これで雨で遅れた1日分追い付くことになる。昨日、おとといの短い行動と比べるといきなり長い。ゴンマル・ラまで標高差600m、朝一番からである。気合がはいる。
馬たちも支度を始める。ところが1頭の若い馬が暴れて反抗している。どうやら仕事がいやらしい。四駆とはいえ、急峻な崖路を重荷で登るのは馬だって大変だろう。だがこれが仕事の彼らである。馬方さんに叱られて、他の馬はもらう新鮮な野菜を彼だけもらえなかった。実はこの朝の事件があとあと尾を引くのであった。
出かける前だかに空に舞う大きな影をみとめる。このあたりヒゲワシとイヌワシが出るといわれていたが、どうやらイヌワシのようである。
我々も今日も素敵な朝食を済ませてからスタートとなる。最初は緩い登りをいく。途中ガイドの2人がブルーシープの群れを見つけてくれる。驚異的な視力である。300(600換算)に1.4テレコンつけた望遠でこれだから。ブルーシープはメスのグループで、角のあるオスはいなかった。これがユキヒョウの主な食料となるが、何度か見たことのあるドキュメンタリーでは狩りは簡単ではないようだ。
そして途中、愉快なイギリス人トレッカーとすれ違って会話しながら、3時間といわれたところ1時間40分で峠に到着。
5年前のトレッキングと比べると、それなりの運動量ではあるが心拍もさほどあがらずきついという印象もなかった。10人ほどの欧米人トレッカーが盛んに写真をとっていた。
峠にはどこもこうしておびただしいタルチョが奉納されている。ところによってはブルーシープの角のついた頭蓋骨なども祀られている。
ここではなぜか電波がとどくようで、さっそくガイド二人は通信に余念ない。ワンボさんがストック村の悦子さんにつないでくれた。ペース早いですねぇといわれ、肝心のカンヤツェは雪が深そうでラッセルが厳しいかもしれないと懸念を述べられる。
そうか。ここのところの大雨は山では大雪。なるほど。
こちらは来たほうのラルツァ側に並ぶ山並み
そして峠を越えてやっとその雄姿をみせてくれたカンヤツェ峰。左側のやや高いほうがⅠ峰、右側なだらかな雪面の方側がⅡ峰の山頂である。なだらかに見えるでしょう。ところがこれが登ってみるとなかなかの急斜面なのだ。そしてそんなに高く見えないでしょう。これが高いんですよ。飛行機の上から6000mになった時外を見ると驚く。
左側Ⅰ峰はテクニカルな為、フィクスロープやユマールも必要な登攀ルートだそうで、1日でのアタックは無理なのだという(途中に前進キャンプまたは宿泊キャンプが必要)
なかなかマッシブで雄大ではないか。立派な姿にうれしくなる。やっと会えた。まっててね、登るから。この山域ではオープンになって登られているのがストック・カングリ峰とこのカンヤツェだけらしい。もともと最初に6000mに登ろうと思い立って調べたとき、世界で一般に登れる(プロもしくは本格的登攀をメインとしている登山家でなくても登れる)山を調べると、実は多くなく、南米エクアドルの最高峰であるチンボラソ、ペルーの最高峰ワスカラン、ネパールのメラピーク、アイランド・ピークとストック・カングリくらいしかヒットしなかったのだ。
そのストック・カングリを狙っていたところ、コロナの間に環境保護のため閉山となり登れなくなってしまった。その後パキスタンのミングリク・サールという山をターゲットにしたツアーも見つけたが、そちらは2年まっても催行されなかった。
それでカンヤツェになったのだが、もともと例年より雪が多いと初めから言われていたが、ラッセルはわれらが若いソナムが頑張ってくれるであろう、などとタカをくくっていたところ、後で知るにこの時ワンボさんの胸中、あれこれ作戦が巡っているようであった。
そして峠をおりて一旦ニマリングの谷におりる。そのあともうひとつ台地を越えた先が目的地カンヤツェBC5060mである。
実はこの台地に広がるお花畑があまりに可憐で素晴らしく、スマホで写真をとった。その際はずした右の軍手が、ふと気が付くとない。緑のなかに真っ赤な軍手だ、目立つはずなのだがどうがんばっても見つからない。遅れるわけにもいかないのであきらめて進む。なくしてもどうということはない安物の軍手だが、それがこの素晴らしい大自然のゴミになるのが嫌なのだ。帰り道にもう一度探すことにする。もしかしてこのあたりに住んでいるナキウサギが持って行ったのかもしれないなどと思いながら。
降りた谷に位置するニマリングは、人気のマルカ谷トレッキングの折り返し点。にぎやかなテント村となっており、ここでパーミットをチェックされる。ついでにいつでもどこでものお茶もいただく。それにしてもこの空の雲の広がりはどうだ。
その後台地を越えてあと1時間といわれるが、見晴らしのよいところでランチタイム。なぜなら馬がまだ来ないので、到着してもいる場所もないからである。
今日も重いダッパーをあけてみると、なんと嬉しい!おにぎりではないか!
しっとり張り付いた海苔。程よい塩気。ちょっと柔らかすぎました、というコシヒカリ。具は塩昆布とツナの佃煮。あああ、幸せである。
フランス隊での仕事がメインというコックのロプサンが作るご飯も、毎食とてもおいしいけれど、全行程一番おいしかったものは、と問われればこのおにぎりだと即答する。
爆弾サイズだが1個と半分、ぺろっと食べてしまう。あとの半分は大事にとっておいて後ほどいただこう。ワンボさんが早朝から4人分8個もみずから握ってくれたという。
ありがたくて涙が出る。
この写真はなかなか気に入っている1枚だ。道々、いたるところにこうして石が積んであり、ソナムさんもかならず1つ乗せていく。
この台地のてっぺんでBCが見下ろせた。すでに3パーティほどが陣取っているようだ。
ところが馬が来ない。それではしばし昼寝をしましょう、ということになる。
ちょうど畳1畳分ほどの平らな岩があって昼寝にちょうどよい。ポカポカと温まった岩の上でまどろむことしばし。1時間ほどもたったころ、ソナムさんが「馬が来たよ!」という。馬方さんを先頭にポクポクと緩やかなトレイルを進んでくる馬たち。お疲れ様、ありがとう!とうれしくなって駆け寄り、一緒にBCまで進む。
BCと台地の間には広い川が流れていて、うれしさの勢いあまって靴を脱いで徒渉。そのまま荷を下ろす馬の周りをウロウロ歩き回る。ところが気が付くと荷がすくない。さらにはリーダーの白がまた馬方さんに連れられて戻っていく。どうしたことか。きけばどうやら、朝方暴れていた若い馬が、途中何度も逃げ出したり暴れたり、挙句の果てに荷を振り捨ててどこかへ行ってしまったのだという。
白は気の毒に、自分の分の重荷をやっと下したのに、またその振り落とされた荷を回収にいくのだという。うしろを鹿毛がついていく。仲良しらしく、一人で行かせないつもりなのだろう。馬同士の通い合いにジンとくる。
先に到着できた我々のテントは張ってもらえたのでさっそく荷物を降ろしてくつろぐ。
時折雲が広がるが、すぐに流れていく。ガイド二人が双眼鏡で観察するに、やはりトレースはないようだ。それで1250mの標高差をラッセルではさすがに厳しいかもしれない。ワンボさんいわく、他の隊がでないようなら1日停滞してアタックを延ばすことも考えましょうとのこと。ワンボさんが情報収集にでてくれるようだ。
テントでくつろいでいると、そのワンボさんが呼びに来てくれた。鷲がでたら教えてくれと頼んでおいたのである。
慌てて望遠に付け替えて飛び出すと遠いがまだ舞っていた。見たことのない尾羽の形だ。遠目には何か加えているようにみえたが、それがヒゲワシの名の由来であるヒゲであるのは帰ってからわかったのであった。とりあえずヒマラヤ襞をバックに1枚。
観察できたのは後にも先にもこの時だけであった。
つぎにまた呼びに来てくれたところによるとマーモットがいるという。いそいで隊員と向かうと、カンヤツェ側の丘の中腹に発見できた。3頭いて、うち2頭は戯れているのか喧嘩しているのか、くんずほぐれつ。
私は寒くなったのでしばらくしたら戻ったが、隊員はそのまま居座ってさらに近づいたようだ。すると最初は胡散臭がっていたマーモットがほんの数メートルまで寄ってきたというので、大きく素晴らしい写真を撮っていた。
われらがリーダー、白。賢くて優しい馬だった。この馬ともう1頭が撫でさせてくれてなついてくれたが、他の馬たちは近づくとすっと身を引くのだった。
きけば人間を乗せられるようになるのは賢い馬だけだそうだ。まあそれも人間の勝手ではあるが。
この鹿毛が白と仲良しの一頭。いつも二人で寄り添っていた。
地に這うような草を熱心に歯でむしり取って食べる。黄色い花のカタバミのような草がおいしいらしく、こればかり食べていた。
のんびりノートを書きながら風に吹かれているとやがて夕暮れが迫る。
バラ色になるまで待ったが、先にディナーに呼ばれてしまった。
食べているといい色になってきたので、中座して写真をとりにいった。
タルチョも夕映え
どこを見ても今ここにいられる幸せに感謝の念が湧く。
明日はそこを登る斜面もバラ色に輝く
今宵のディナーはスパゲティの卵とじ風と野菜いため。パスタは高高度ではアルデンテというわけにはいかないのでうまい調理法だと感心した。
そしてデザートは待望のアップルパイであった。バナナパイがもっと食べたかった隊員はここぞとばかりおもいきり1/4カットをがっつり皿に取る。
今日はのんびり寝るだけ。隊員は星空を撮ろうとミニ三脚まで持参していたが、ここまでどういうわけか、就寝時にはなぜか星空が広がっていない。夜中は凄まじいほどの星空なのだが。