ラダック カンヤツェⅡ峰遠征記 6 帰還~帰国

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翌日はBCから1日でNEO LADAKH(にゃむしゃんハウス)まで戻ると告げられる。登りは順応の為ゆっくりだったが、よく考えたら大した時間歩いていない。7時半に出発といわれて就寝した。行きにくらべて帰りは結構ハードスケジュールなんだね、と言い合う。

でもまあ、ラルツァで一回、氷のような雪解け水で脳震盪寸前になりながら髪を洗ったが、ずっとお風呂もないし(乾燥して寒いので汗もかかないんだが)床でゆっくり寝たいとも思うので、一気に帰還するのは大賛成だ。

 

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上:見たことない植物

 

というわけで7時頃「マダム、ティ~」で起きたが、結局朝食は7:45ごろ呼ばれた。

なんだかざわついていると思ったら、なんと馬がまだ4頭しか見つかっていないという。馬方さんがあちこち駆けずり回っているそうだが、見つからなかったらどうするんだろう。そもそも、よく勝手にさせてるなあと、それが感心するところでもあり不思議でもある。ワンボさんも「なんとかするでしょう」と気楽な感じだ。

 

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上:ウツボクサの一種と思われる

 

そういえば馬は少なく、他の隊はロバだった。これがやかましいのだ。意味もなく哀し気な声で頻繁にヒィーヒィーなく。夜中でも。なんで鳴くのよ・・・

さらに意味もなく馬のそばにきては馬に怒られる。欧米では愚か者の象徴のように扱われるが、これでは致し方ないと思わせられる。ところがどっこい、ロバは知能が高いのだそうだ。相手によって態度を変え、気分を害するとテコでも動かないで反抗する気骨者。日本じゃ動物園に時たまいるくらいで馴染みはない。そういえばロバのパンってあったな。歌を流しながら車でくるやつ。子供のころ楽しみだったなあ。

余談だがアメリカ英語でロバの鳴き声は「ヒーハー」、イギリスでは「イーヨー」だそうだ。

絶対そうは聞こえないと思う。さらに余談だが、ロバは馬とちがって群れは作らず、したがって社会性のない単独縄張りの生き物らしく、鳴くのは繁殖期だそうだけど。

 

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朝から油の匂いが漂っているが、これは昨日のフレンチ・フライで使った油を余すところなく利用するためであろう。そしてメニューはインドの揚げパン、プーリーだった。ロプサンは丸めたドウを、なんと揚げ油にちゃっと手をつけてから丸めて延ばす。すげー。

嗅ぎなれない匂いはインドで使う大豆油だそうだ(菜種油、ひまわり油、コーン油などは使われないらしい)。これが、昨日の疲労でボロボロになって吐き気の収まらないところに辛かった( ;∀;)

 

普通の時ならおいしそうなのにほんとに残念。隊員もワンボさんももりもり食べている。

でもポリッジも作ってくれていたので私はそれをいただく。いつもしてるように塩コショウをかけるのを見たロプサン、えっという表情。なぜならすでに甘い味付けがしてあったのだ・・・。でも構わずいただく。なにしろ疲労のためか、塩が欲しくてたまらない。内臓はいつものように激しい運動後の出血があった模様。

 

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上:エーデルワイスの種類。かわいい。

 

 

支度もできてさて出発というころへ朗報到着。無事残りの3頭も見つかったそうだ。よかったよかった。

来るときとは違う、なだらかなトレイルを進んで帰路につくのだが、ニマリングの谷の向こう、ゴンマル・ラの手前の台地で、できれば失くした手袋を探したいと申告する。

が、来た時のルートは急なので今日は通らないといわれる。仕方ない、あきらめるしかないか。

 

もう登りは嫌で仕方がない。のろのろとこれでもかというくらい遅いペースで進む。

やがて台地に上がると、ピカ(ナキウサギの現地名)に2度遭遇する。目のいいガイド2人はすぐに見つけるが、やっと我々が認識すると同時に巣穴に駆け込むので、写真を撮る暇はなかった。北海道でみるのより大きかった。

 

そしてワンボさんが、念のためといってわざわざ往路と思しき当たりまで回ってくれるという。すいませんねぇ・・。ニマリングに物資を輸送するの荷馬隊と前後しながら歩いていると、遠くでワンボさんが手を振った。おお!見つけてくれたらしい!やった、よかった!

合流して曰く、やはりどうにもわからないのであきらめて、われらが荷馬隊がきたかなあと遠くを見てからふと足元に目を落とすと、そこにあったのだそうだ。奇跡。仏様のお守りかと思った。ワンボさんもすごく驚いていた。こうして赤い軍手の片方は無事私のもとに帰ってきた。

 

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ちなみにワンボさんはとても敬虔な仏教徒で、歩きながらもずっとお経を唱える。すごくいい感じなので、なんですかときくと、般若心経だという。日本語よりかっこいい、というと「中身は同じだから」と笑われる。

私も山歩きの時は般若心経を書いたタオルを常に持って歩くし、覚えたいとは思うのだがなかなか真剣に取り組めない。(最後の「ギャーテーギャーテー」以降はできる)

 

ゴンマル・ラの登りは、BC側は緩やかで高度差もあまりない。急ぐわけでもないのでゆっくり登りあがる。峠でまたしばし交信タイムがあってから下りにかかる。

ところがこれが急なうえに細いトレイルなので、前後していたよその荷馬が嫌がってなかなか進まない。先に行かせてあげたり待ったりしながら下っていると、われらが荷馬隊も追い付いてきた。

 

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上:ワイルドローズ。

 

ワンボさんはいろんな野草を示し、教えてくれる。ルバーブの一種は茎をかじると甘酸っぱくて元気がでるもの。野生のチャービル(ワイルドガーリック)や根っこで染物をする草、曲がった茎を交差させて引っ張りっこして勝負する草、毒だけど干し草を蒸らすのに使う野草などあれこれ楽しい。そしてラルツァでお弁当タイム。朝の残りのプーリー(食べられなかったが)に、チーズとクラッカー、ゆで卵にオレンジ。このオレンジが死ぬほどおいしかった。

 

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上:色濃く大きなフウロ

 

往路では難儀した徒渉も、水量が減って、1か所だけ土木工事をしてもらった。行きはつぼみだったワイルドローズも花盛りになって、フウロの大群などを愛でつつ進むと、あっという間にチュ・スキュルモを過ぎて2時ごろトレイル・ヘッドのチョクドに到着。馬たちとはここでお別れだ。なついてくれた白ともさようなら。馬方さんにチップをお渡しして、ワンボさんと隊員の3人でゆったりタクシーで揺られて2時間ほど。


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上:野生のチャービルとその花

 

1週間ぶりにNEO LADAKHのみなさんに迎えられて無事帰還した。男性陣の真っ黒な日焼け顔に対して私だけ全然普通!と驚かれる。そりゃせっせと日焼け止め塗りまくってましたから。でも唇は火ぶくれで痛くてたまらない。ちゃんと締まらないので口端からいつのまにかよだれが垂れている。この日からワセリンとお友達だった。

 

そしてジュース・ビールで乾杯。これがいけなかった。ただでさえ3700mの高所の上、アルコール度数8度というキング・フィッシャー。小さなグラス1杯で撃沈した。このあと部屋で倒れこんだまま、気が付くと夜だった。夕食ですよと呼ばれて、もうそのまま寝ていたかったが、心づくしのお祝い膳を用意していただいたので這うように下りる。相変わらず吐き気が止まらないのだが、貴重なコシヒカリと感激の味噌汁にキンピラを少しずついただいた。五臓六腑に染み渡った。お湯も使わせていただいたはずだが、いつだったか記憶が曖昧。

 

が、明日の予定だけ決めないと寝られない。隊員は初ラダック、そして多分2度と来られないだろうからパンゴン・ツォに行きたいという希望だった。が、この夏は例年以上に雪解け水も多く、道が悪くて通れなかったり工事をしていたりで、通常4時間ちょっとでいけるところ6時間以上かかるという。そのため4時起きといわれる。

さすがに私は無理とパスしたら、隊員も一人ではいやだというのであきらめて、もう少し近い、ツォ・カルに行くことになった。こちらなら7時出発でいいという。そこからドライバーを手配してもらったりしてお手数をおかけした。

 



ツォ・カルは湿地帯で水はパンゴンのように青く美しいわけではないが、州の鳥でここにしかいないオグロヅルが見られるかもしれないという。パンゴンは経験済の私にとってはこちらの方が魅力的だし、ここは登山企画者の特権を行使した。湿地なら絶対繁殖中の鳥がいるというのも密かに考えた。結果的に大満足であった。

往復の道もほぼよかったがやはり3割は雪解けによる崩壊ですごい悪路だった。

5300mのタグラン・ラを越えていくのだが、ここを自転車で登る人たちがいた。一人や二人じゃない、しかもおじさんばっかり。

そういえばラダックでは、世界いち過酷といわれる「ラ・ウルトラ・ザ・ハイ」というウルトラレースが行われる。あまりにコアなので検索しても英語でしかでてこない。

111㎞、222km、333kmの3カテゴリーがあって、高度は5300mのカルドゥン・ラ他、そもそも4000m以上の場所を山越え谷越え、しかも制限時間もきびしい。診断書と1週間の高度順応が義務付けられる。完走者はそれぞれ片手で足りる人数。これが走れたらなあと思うのだが、111kmならなんとかならないかなあ。。。

 

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帰り道の夕方、レーの町によってもらって1時間半ほど買い物および明日のお支払の為の換金。レーはレートがデリーより悪いが、お支払はルピーのキャッシュということなので仕方ない。前回もATMの動作不良で非常に苦労したが、今回も15分くらいかかってしまった。

お土産はあんずの種と、前回同様ローカルの女性の手仕事のお店で今回はヤクを連れてきた。マーモットとユキヒョウの仲間ができたが、ヤクは大きくて職場のデスクが満員になってしまった。

 

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上:杏の種を乾燥したもの。杏仁豆腐のあの風味がまさに広がる。

 

 

こうして帰国日となった。17日の12時の飛行機でデリーへ。ここで隊員と解散して、私は18時にデリーを出発、18日の朝5時半に帰国して午後出社した。

 

にゃむしゃんハウスを立つ日の朝、素晴らしくおいしい朝ごはんをいただいているときに、傍らでワンボさんが熱心にお経を読んでいた。

それは最後にかけてくれたカタ(チベット仏教で出立の時などに無事を祈るため首にかける白い布)に祈念してくれていたのだろうと思う。

タクシーに乗る前、そのカタを見た途端、予想もしていなかった涙がどっとあふれてしまった。

本当に濃い、充実した、素晴らしい日々だった。

お世話になった皆さんと、こうして夢が叶えられた環境に感謝でいっぱいである。